── 1999年から目指し続け、今も変わらない私の約束
「そのアブレーション、放射線被ばくをゼロにできるかもしれません。1999年から一貫して『患者さんの安全』を追求してきた、私の答えをお伝えします。」
■ 1999年、ある違和感から始まった挑戦
私が不整脈診療を志したのは、1999年のことでした。学生時代、不整脈を抱えていた祖母を亡くしたことが原体験にあります。
当時の循環器診療は、心筋梗塞などの治療が花形でした。「白血球が減るほど放射線を浴びてこそ一人前」という、経験を重視するあまり、被曝を軽視するような空気さえあった時代です。その中で私は、ある「違和感」を抱き続けていました。
それは、医療従事者は防護服で身を守っているのに、治療を受ける患者さんだけがダイレクトに放射線を浴びているという現実です。医師として、患者さんと「同じ安全なステージ」で治療を行いたい。それが私の医師としての原点となりました。
■ 「山のような否定」と「3つの承認」
2000年代に入り、心腔内エコーや三次元マッピングといった最新技術が登場しました。私はこれらを駆使すれば、アブレーションから放射線被ばくをゼロにできると確信し、独学で手法を磨き続けました。
そして2015年、私は日本国内で初めて、放射線被ばくのない心房細動アブレーションに成功しました。
しかし、成功という結果を出してもなお、周囲の反応は冷ややかなものでした。学会で発表しても、返ってくるのは「何のためにそんな無意味なことをするんだ」「今の治療法で誰も困っていない」という否定の言葉ばかり。孤独な日々でした。
そんな中、私の背中を押してくれたのは、たった3つの声でした。 韓国から見学に来て「自分も国に帰ってやってみる」と言ってくれた医師。反応のない学会発表からの帰り際に「大変良い取り組みですね」と声をかけてくれた年配の先生。そして「私は良いことだと思います」と信じてくれたメーカーの方。
「患者さんに放射線被ばくをさせないことは、決して間違っていない」 山のような否定と、わずかな承認をエンジンに変え、私はさらにその手法の安全性を高め、確固たるものにしていきました。
■ 「沈黙の合併症」をなくした、純粋な治療を
アブレーション治療は劇的に進化しましたが、依然として「不要な放射線被ばく」は残っています。放射線被ばくはすぐに目に見える影響が出ないからこそ、それは**「沈黙の合併症」**と呼ばれてます。
必要な検査は受けるべきです。しかし、なくせる放射線被ばくはゼロにすべきです。 私は四半世紀の歳月をかけ、不整脈の根治という本来の目的だけを純粋に追求できる、世界基準の**「放射線被曝のないアブレーション」**に到達しました。

下段の画像は放射線を使わずに心臓の中を精密に捉えている実際の治療画面です
■ なぜ今、あえて「自由診療」のクリニックなのか
これまで循環器専門病院も含め、複数の病院で多くの手術を行ってきました。しかし、病院での外来診療は時間の制約が厳しく、「治療が必要ですね」と伝え、受けるか・受けないかの返答を即座に求めることが求められるような環境でした。
一人ひとりの患者さんが抱える不安に寄り添い、「なぜこの治療が必要なのか」「放射線被ばくをどう避けるのか」を、納得がいくまで対話する時間を確保することは、組織の中では極めて困難でした。専門的な治療を提供するからこそ必要と私が考えている、その「対話」が不十分だったのです。
私がこの診療所を開設したのは、この不十分だった「対話」を、何よりも大切にする場所が必要だったからです。
当院は自由診療ですが、それは決して高額な治療を勧めるためではありません。
- 薬に頼らず、まずは数ヶ月で根本から体質を見直す「BFA」
- 被曝という不安を完全に排除した「アブレーション」の提案
あなたが今、受けている治療で解決していない課題があるのなら。 あるいは、これから受ける手術に不安を感じているのなら。
組織の制約を受けず、対等に、納得がいくまで対話ができる場所として、私はここであなたを待っています。世界基準の技術を、最も誠実な形で。それが、25年以上前から目指し続け、今も変わらない私の約束です。



