心房細動治療が認知機能に及ぼす影響
【熊本地方を中心とする地震により被災された皆様へ】
このたびの熊本地方を震源とする地震により被災された皆様、ならびにご家族・関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
今なお不安な日々を過ごされている皆様の安全と、被災地の一日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。
心房細動は認知機能に影響を及ぼす?
~心臓の治療が、なぜ「もの忘れ」と関係するのか~
「心房細動(しんぼうさいどう)」という不整脈をご存じでしょうか。心臓の上側の部屋(心房)が小刻みに震えるように動き、脈がバラバラになってしまう病気で、高齢になるほど増えていきます。動悸や息切れの原因になるだけでなく、心房の中で血液がよどんで血のかたまり(血栓)ができやすくなり、それが脳に飛んで脳梗塞を起こすことがある、というのはよく知られた話です。
ところが近年、心房細動には脳梗塞を経由しなくても、じわじわと「認知機能」を低下させ、将来の認知症のリスクを高めてしまう側面があることが分かってきました。実際、2013年に発表された大規模な解析では、心房細動のある人はない人に比べて認知機能の低下と関連することが示されています。さらに2010年前後に報告された研究では、心房細動がある人はアルツハイマー型・血管性・老年性など、あらゆるタイプの認知症の発症リスクが高くなることも示されました。
脳への「血流量」に着目
「なぜ脳梗塞がなくても認知機能が落ちるのか」を考えるうえで注目されたのが、「脳への血流」です。心房細動になると心臓のポンプ機能が低下し、脳へ送られる血液の量そのものが減ってしまうのではないか、という仮説が北欧の研究グループから提唱されました。
今回、「心房細動に対してカテーテルアブレーション(心臓の中で異常な電気信号を出す部分を焼灼し、不整脈を根本的に治療する治療法)を行うと脳への血流が増える」ことを以前に報告した東京科学大学の研究グループから、新たな報告がありました。心房細動の治療として「アブレーションによる治療を受けた方々」と「抗不整脈薬による治療を受けた方々」にどのような違いがあるのか、という疑問に対する現時点での回答につながる報告です。
報告の内容:アブレーション群と薬物療法群を比較
その報告では、「脳血流が改善するなら、認知機能そのものも良くなるのではないか」という仮説を検証しています。iPadを使った詳しい認知機能テスト(CANTABというテストで、記憶力や反応速度、注意力などを言葉に頼らずに測ることができます)を使い、アブレーションを受けた94人と、薬だけで治療を続けている51人を半年間にわたって比較しました。
一部の患者さんについては脳のMRI検査も行い、脳への血流や記憶をつかさどる「海馬(かいば)」という部分の大きさの変化も調べています。
結果は少し意外?しかし体の中では…
結果は、少し意外なものでした。アブレーションを受けたグループと薬だけのグループとで、半年後の認知機能テストの点数にはっきりとした差は見られなかったのです。研究者たちは、これには「テストを繰り返すことで慣れてしまい、両方のグループの点数が上がってしまう」という、いわば“テスト慣れ効果”が影響したのではないかと分析しています。
しかし、話はそこで終わりません。MRIを撮影した患者さんに限って詳しく見ると、興味深い関連が見つかりました。
- 脳血流の増加: アブレーションを受けた人は、脳への血流が増加していました。
- 海馬の縮小を抑制: 本来なら加齢とともに少しずつ縮んでいくはずの海馬が、縮まずにむしろわずかに大きくなる傾向がありました。
- 点数との相関: 脳血流が増えた人ほど認知機能テストの点数が良く、海馬も大きくなる傾向が見られました。
つまり、「治療した人としなかった人を単純に比べただけでは表面的な差が出にくかったものの、体の中で起きている変化を丁寧に追いかけると、アブレーションが脳血流を増やし、それが記憶に関わる脳の部分を守り、結果として認知機能にもよい影響を与えている可能性がある」という、一見矛盾するようで実に筋の通ったストーリーが見えてきたのです。
不整脈の改善と脳血流の改善との時間差
また、アブレーション治療によって心房細動が抑制されてから、時間をかけて徐々に心房の機能が改善し、それに伴って脳灌流(脳血流)の改善が見られる可能性も示されました。不整脈抑制の効果が直ちに脳の機能改善として見えてくるわけではなく、治療効果の中には時間をかけてじわじわと現れる面もあるということです。
「不整脈の薬」が与える影響
もうひとつ、研究チームが指摘しているのが「不整脈を抑える薬(抗不整脈薬)」の影響です。今回の研究では、こうした薬を使っている患者さんは、統計的にはっきりと認知機能が低下している傾向が分かりました。
この抗不整脈薬が与える影響を踏まえると、今後の心房細動の治療方針を考えるうえで、薬とアブレーションのどちらを選ぶかという判断に「認知機能への影響」という新しい視点が加わっていくと考えられます。
【院長のメッセージ】
心房細動は、脳梗塞をはじめとする血栓塞栓症・心不全・認知症の発症リスクを高めることが明らかになってきています。これらの疾患は「時間的な視点」で捉えると、それぞれ大きな違いが見えてきます。
- 脳梗塞: 血管が詰まることで「秒単位」で病状が進行します。
- 心不全: 急性増悪により「分単位」で急激に症状が出ることもあれば、慢性期には症状が出にくいこともあります。
- 認知症: 発症までに「長い期間(年単位)」がかかると考えられています。
今回の報告でも触れられていたように、「治療を行うタイミング」と「その効果が表れるタイミング」にはタイムラグや違いがあることを知る必要があります。
不整脈の治療を受けられる患者様にとっては、「その治療が何を目的としたもので、どのような効果があるのか?リスクは何なのか?そして効果が得られるのはどの時間軸なのか?」を正しく理解することが非常に重要です。そして治療を提供する医療側も、その時間軸と目的を適切に伝えていかなければならないと考えています。
薬は体にさまざまな影響を及ぼします。良い影響の場合は「効果」と呼び、悪い影響の場合は「副作用」と呼びます。私自身、抗不整脈薬の使用においてはそのことを常に意識して診療にあたり、薬の副作用をできる限り避ける方法を考えてまいりました。
患者様一人ひとりの将来的な認知機能やQOL(生活の質)までを見据え、身体への負担や副作用のリスクを最小限に抑える——。現時点での一つの答えとして、当院が「薬に頼らない治療(アブレーション治療など)」を積極的に提供しているのはそのためです。









